土曜日, 1月 27, 2024

本:笑って人類

 爆笑問題、太田光の小説。爆笑問題、特に太田のファンなので図書館に予約した。爆笑問題名義・太田光名義の本を読むのは実は初めて。かなり待ってやっと回ってきたので読んだ。

 本を手にとってその厚さに驚き(532ページ)、開いて2段組になっていることに驚いた。一体どれだけの分量があるのかと思ったら、巻末に「原稿枚数1188枚(400字詰)」とある。これは大長編だ。読みきれるか?と不安になる。面白くなければ途中で投げ出すだろうし、面白ければ面白いで一気読みしようとして気力が持たずに挫折するかもしれない。貸出期間は2週間・14日なので、1日60ページずつ読めば期日中に読み終えられるだろうと計画を立てる。


 1日目、文章の淡白さに星新一を思い出す。そういえば、架空の国名前の付け方も星新一っぽい。まぁ、星新一なんて何十年も読んでないんだけど。文章は淡白なんだけど、情景描写結構細かい。ここは星新一とは異なる。細かいといってもスティーヴン・キングほどではないし、何より文章にキングのようなネチっこさがない。実に衝撃的な出来事のあとにベタなお笑いが続くのだが、いまいち読み進める気にならず40ページほど読んだところで終了。
 2日目、主要登場人物の背景が深掘りされていくが、先が全く見えない。読み進める意欲が湧かない。なんとかノルマの60ページを読む。
 3,4日目、いつも読んでいる電書サイトのマンガの無料分やなろう小説の更新分のほうが面白いのでそれらを読んでから、頑張ってノルマの60ページを読む。
  5日目以降、無料漫画やなろう小説に負けて放置。
  12日目、太田光のファンなので、なんとか読み切りたいと再挑戦、半分辺りからサスペンスタッチで俄然面白くなる。が、最後までは勢いは続かず、30ページほど残してこの日は終わり。
  13日目、なんとか残り30ページを読み切る。

  読んだ時間を返せ、とは言わないが、もう少しなんとかなっただろう、という感じの小説。面白いところもあるのだが、冗長でつまらないギャグを何度も引っ張る。太田メインのバラエティの収録では、一時間番組の収録に6-7時間かけ、その間太田が使われないボケずーっと言い続けるそうだが、そんな収録現場をそのまま見せられてる感じ。
  ざっくりいうとローファンタジーのパラレルワールドものなのだが、全体のレベル感がバラバラ。翻訳もののサスペンスか?と思うところもあれば、ドリフのコントのようなところもある。首相が慌てて立ち上がったら椅子がひっくり返って後ろにいた秘書のすねにあたり、秘書がうずくまる、というのはまぁいい。しかし、急ブレーキを踏んだら、助手席だけエアーバッグが膨らんで、膨らんだエアーバッグに挟まれた助手席の人が動けないというのはいただけない。急ブレーキを踏んだぐらいではエアーバッグは開かないし、仮に開いたとすれば助手席だけではなく、運転席も開く。そして、エアーバッグは開いたらすぐしぼむ。パラレルワールドとはいえ、ローファンタジーなんだからこんな現実を無視したネタはいただけない。他にも政府専用機にトイレが一つしかないとか、大規模SNSに垢BANがないとか、大統領首席補佐官に非常時の大統領の継承順位があるとか(それも2番目)。首相の警護にSPが付かずに秘書だけとか(大統領にはきちんとSPがついている)、車での移動時に警護の車両がつかないとか、もうめちゃくちゃ。世界観がバラバラで物語の中に入っていけない。
  他にもイヤフォンをイアフォンと表記したり、20年生きた猫が老いを全く感じさせなかったり、データを消去するためにCPUを物理的に破壊したり(CPUはデータを記憶しない)、データ記憶媒体として小型データ記憶スティックとUSBカードを使い分けたり、細かいところのツメが甘い。さらに細かい話をすれば「モニター上に、プログラミング言語が物凄いスピードで表示されていく」(p.425)というのがあるがある。この文章はプログラマとして非常に気になる。プログラム言語というのはプログラムを記述するための言語なので、この表記は正しいように見える。自然言語であれば「モニター上に、自然言語が物凄いスピードで表示されていく」「モニター上に、日本語が物凄いスピードで表示されていく」「モニター上に、アラビア語が物凄いスピードで表示されていく」はおかしくない。しかし、「プログラミング言語」といった場合は通常 Java や Ruby,Python といった言語名あるいは言語仕様を指し、その言語で書かれたプログラム自体は含まない。ここで意図されるのはその言語で書かれたプログラムのソースコードだろうから 「モニター上に、『プログラムのソースコード』が物凄いスピードで表示されていく」となるだろう。出なければ単に「モニター上に、プログラムが物凄いスピードで表示されていく」でいいはずだ。

 何が言いたいか?良い編集と組んでほしい。そして、読者が夢中になれるような小説を書いてほしい。全体を読んで、小説家としての力量は充分にあると思う。全体を通して日本語のおかしなところや読みにくいところはなかったし、意味が理解できないところも(作中で難解とされる思想の部分以外は)なかった。ただ、ストーリーが大すぎてまとめきれていない。良い編集と組んで、そしてそのアドバイスを素直に受け入れればもっと良い - 読者を夢中にさせる - 多くの人に読まれる - 売れる小説が書けると思う。
 そんなことが太田光にできるのか?できると思う。漫才ではやっているのだから。爆笑問題は2ヶ月に一度、タイタンライブで新ネタを披露している。10分程度の限られた時間で客を掴み、離さず、最後に落とす。そして年に一回、長い漫才のDVDも出している。こちらはだいたい一時間の長丁場だが同じようにやっている。漫才では客の心をつかんで飽きさせないということをやっているのだ。爆笑問題のネタは、爆笑問題と数人の作家が頭を突き合わせて作っているそうだ。その場で太田は、自分の中で湧き出すアイディアの全部は使えず取捨選択しているはずだ。そして与えられた時間、客の心を離さないネタを作り漫才を演じている。漫才でできることが小説でできないはずがない。
 では、それを太田光はやるのか?やらない気がする。漫才で我慢した分、小説で吐き出しているのではないだろうか?文学賞を欲しがってはいるが、自分の角を矯めてまで欲しいとは思わないだろう。

 しかし、しかし読みたい。太田光がブレーンと組んで読者の受けを狙って計算しつくして書いた小説を。シリアスでもコメディでもいい。この本、「笑って人類」を読んでそう思った。

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 ネガティブな評価が多かったので、ポジティブな評価も

 これだけの長編なのに恋愛要素がほぼ無い。若い頃から奥さん一筋な太田が恋愛要素を省いたのは正解だろう。ちなみに「ほぼ」無い、ということは「ほんの少し」ある。それは、
  ・100%政略結婚
   ・ゲイの不倫
   ・オカマの片思い
である。

 あと、登場人物が少なくない割には名前を覚えるのに苦労しなかった。自分は名前を覚えるのが苦手で、登場人物が多い小説を読むときに非常に苦労するのだが、この本は登場人物一覧を開くことがあまりなかった。理由を考えてみたのだが、

  桜 - メインの登場人物、物語全体で唯一の1文字
    富士見 - メインの登場人物かつ、漢字では唯一の3文字
    五代と末松 - サブの登場人物、漢字2文字のキャラは多いがキャラに特徴があり、この二人は真逆なので覚えやすい。また、名字に漢数字が入っているのは五代だけ
    アン - メインの登場人物、カタカナでは唯一の二文字
    ダイアナとローレンス - サブの登場人物で敵対関係にある、最初の一文字と文字数が異なり、ローレンスの方には長音が入っている
    アドムとアフマル - 敵対勢力側のサブの登場人物、「ア」から始まるが文字数が異なる
  外人の呼び名がほぼ一つに統一されている(ファーストネーム、ファミリーネム、ニックネームをそれぞれ覚える必要がない)

と、名前をきちんと覚えなくても良いように絶妙に計算されている。例えば

・名前がカタカナの「ア」で始まったら、二文字ならメインキャラのアンしかいない。3文字以上あれば敵対勢力のキャラで、3文字か4文字かで区別できる
・漢字1文字なら桜しかいない
・漢字3文字なら富士見しかいない

もしかすると太田も人の名前が覚えられなくて苦労しているのかもしれない。

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 Amazon のカスタマーレビューを見ていて気づいたのだが、もしかして三谷幸喜みたいなのが書きたかったのかもしれない。だとしたら、小説も漫才並みの体制が必要だと思う。

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